チャレンジふくしま パーフォーミング・アーツ・プロジェクト

チャレンジふくしま パーフォーミング・アーツ・プロジェクト

特別座談会

子どもたちが演じ歩んだ『タイムライン』には、
かけがえのないものが詰まっている

TALK/
藤田貴大・大友良英・酒井幸菜・石川直樹

進行:
今回で3年目を迎えた『タイムライン』はミュージカルと位置づけられていますが、他にはない独特な雰囲気のある作品です。この作品を手掛けるにあたって、どんなコンセプトから始まり今に至っているのでしょうか?
藤田:
2014年の終わりに監修の平田オリザさんから「ミュージカルの演出をお願いしたい」と連絡をいただきました。当初はミュージカルという言葉にすこし抵抗感がありましたが、「音楽は大友さん」と聞いて、いつか一緒に作品をつくる機会があれば、と思っていたので、この機会を逃してはいけないと、すぐに「やりたいです」と返事をしました。
大友:
藤田さんと初めて顔を合わせたのが2015年の2月か3月かな。
藤田:
その頃ですね。初めて大友さんにお会いしたときに、いきなり「俺、演劇とかミュージカルって好きじゃない」って言われて(笑)この先どうなるのかすこし不安になりましたね。でもだからといって、福島の中高生たちや大友さんと作品をつくりたいという気持ちは変わりませんでしたね。
大友:
お話をいただいた時に、劇団四季やニューヨークのブロードウェイミュージカルの日本版を期待されているならば難しいかなって。でも音楽と踊りと芝居の要素で構成されるのが「ミュージカル」と定義されるのであればできると思いました。なにより演出を誰がやるのかによって決めようと思っていたんで、もともといつか一緒にやってみたいと思っていた藤田さんが手掛けると聞いて、それならぜひやりたいと。
その一方、福島で生まれ育ったこともあり、震災後は福島でいろいろと活動してましたし、心情的には福島の子どもたちと係わることならなんでもやりたいと思っていましたから、この作品に関わったことは偶然ではなく必然だったのかなと思っています。
藤田:
作品をつくりだすまえに、大友さんと話していて、コンセプトも内容もまだ決まってない段階で、振り付けや歌唱指導、使用する楽器などをオトナたちが決めていくのはおかしいよね、ってはなしを共有できたのがよかったと思います。まず集まってきたみんなと出会ってみて、顔を見てからすべて決めていきたいよね、って考え方が共通していたんです。ぼくも大友さんも集まったみんなとゼロから何かをつくり出すということを大事にしたかった。その思いが一致したことで改めて「よし、やろう!」という気持ちになりました。
大友:
俺も同じです。集まった子達でやるって決めはしたものの、ワークショップがはじまるまでは、正直どんな作品になるか想像もつかなかったです。ってか始まっても、すぐにはみえませんでした。初めての音楽のワークショップ(2015年5月)では80〜100人近い人数が集まってどうなることかと驚いた記憶があります。
藤田:
初めて言いますけど、この作品に関しては事前に台本をきちんと書くつもりがなくて、カチっと枠に囚われた作品をつくりたくありませんでした。
大友:
それも同じです。もともとオーケストラのように楽譜に書いてある音をいかにうまく奏でるかみたいなことを子どもに強いるようなことは一切したくなかったし、自分自身も普段からそういう風には音楽をつくってないしで、もしかしたら藤田さんも同じ感覚なのかなって。だからミュージカルを作ると言う前に、ミュージカルってなんだっけ?というところから始まった気がしますね。
進行:
藤田さんと大友さんの感覚的なものが一致したというお話ですが、振付を担当されている酒井幸菜さんと写真・映像を担当されている石川直樹さんとは、どのようなつながりからこのプロジェクトに参加することになったのでしょうか?
藤田:
『タイムライン』のオファーがあった同時期に幸菜さんと初めて共作する機会がありました。それまでお互い名前は知っていたけど、どんな方か知らなかった(笑)。幸菜さんの振り付けは空間を大事にするというか空気を大事にするというか。集まってきたひとを、どうやって舞台に配置していくか、ってことをぼくと近いかんがえかたで、取り組んでいるような気がしていたので、お願いするならこの人しかいないと確信していました。
酒井:
そうだったんですね、ありがとうございます。
進行:
ミュージカルと聞いてどんなイメージが湧きましたか?
酒井:
いわゆるミュージカルは音楽があって演出家の描いている世界観に添った振りをつけていきますが、藤田さんから話を聞いていくうちに、なんとなく違うんだなというのは理解しました。私は足を高く上げるといったテクニック的な要求を求めるタイプではなく、ダンサーの体をどう動かせば魅力的に見えるかを考えるタイプ。どんな衣装を着ればいいのかどんな曲をつければいいのかといった、組み合わせや素材を生かした振り付けを意識しています。だからこのプロジェクトにおける私の役割は、ダンス経験がない子どもたちを、より魅力的に見せる振りを付けるということだと思いました。
このタイムラインにおいての振り付けって、見ていてもわかりにくい部分にも潜んでいます。でも言葉や音楽を立体的にするために振り付けが存在していて、それを自分たちの「ミュージカルの定義」として考えられたから、とても新鮮でやりがいを感じることができました。
進行:
石川さんは2015年の夏過ぎから合流されましたね?
石川:
その前から藤田さんの作品を何度か見ていたんです。沖縄まで見に行ったこともありましたね。
藤田:
石川さんは、ぼくの作品をよく観に来てくれていたから、ファンなのかな、って思っていました。
一同:
(笑)
石川:
大友さんとは同じ仕事に携わったことがあったので、音楽づくりのやり方はわかっていたし、藤田さんのことも作品を通してなんとなくわかっていました。この二人が手がける作品ならおもしろいものができるという、漠然とした確信だけはありました。だから声をかけてもらって一緒にできることがうれしかったですね。
大友:
その頃ってまだタイトルも内容もまったく決まってなかったよね(笑)まさに手探り!
石川:
いや本当に(笑)。これまでミュージカルと呼ばれる舞台は何度か見たことがあって自分なりのイメージがあったのですが、タイムラインのような作品は見たことがありません。ミュージカルの新しい形だと思うし、こうした舞台が今までなかったのが不思議なほどで、このプロジェクトに関われたこと、そして、舞台を通して子どもたちの日常にわずかでも関われたことに感謝しています。
藤田:
1年目はほぼ毎週、子どもたちを撮影しに来ていましたよね。
石川:
稽古日以外も福島に何度も来て、たくさんの子どもたちの登下校や授業や部活の様子を撮影させてもらいましたね。
藤田:
とにかくたくさんの子どもたちに参加してもらいたかったし、出演者オーディションを実施して合格/不合格みたいなジャッジをするのではなくて、誰でも参加できるように申し込みの間口を広くしたので、つまりそのやり方だと撮影する石川さんはほんとうに大変だったんじゃないかな。
石川:
大変だったのは移動ですかね…(笑)。そして、1年目の映像の中には、本番に出演してない子どもたちも写っていて、あれ?誰だったっけ?みたいな。途中で参加をやめちゃった子もいたりして。でも藤田さんと一緒に通学路を歩きながら撮影をしたことは本当にいい経験になって、あの時間から新しく生み出された要素がいくつもあったなあ、と実感しましたね。
藤田:
その時期にようやく、なんとなくタイトル的なものが浮かんできていて、みんなが朝起き上がるところから上演をはじめたい、というイメージが生まれつつあって。なので、石川さんにみんなの朝の登校風景を撮ってもらうようにお願いしました。
石川:
「写ルンです」を各生徒に持たせて、起きてから寝るまでの一日を1時間おきに時系列で撮影してもらうことを思いついたのもその頃です。登校の撮影は朝6時とか7時とかに寒空の下で子どもたちを待って大変だったなあ…。
藤田:
石川さんといっしょに登校の様子を撮影したあとに、8時間くらいファミレスで待って、そして下校の様子を撮影したりして。そうやって過ごしているうちに『タイムライン』というタイトルがいいな、って確信を持ち始めて。
大友:
いきなり携帯に藤田さんから「タイトルは『タイムライン』がいいと思います!」って連絡がきて、なるほどって思いました。石川さんや子どもたちが撮影した写真をタイムラインにそって並べていったり、子どもたちが地図を描く作業をしてるのを見ていて、そこに遠い記憶の彼方にあるかつての自分自身が重なっていったんです。特に福島市だと俺が知っているところばかりだから、なおさらなんですが。それでだんだん方向性が見えてきたんだと思います。
酒井:
その懐かしさって福島県の子どもたちだからというわけではなく、自分もそうだったことを思い出しました。普遍的なものを感じましたね。自分に重ねるところがあったなぁ。
進行:
撮影された石川さんも重なるところがあったのではないでしょうか?
石川:
もちろんありましたね。懐かしさとかノスタルジーとはちょっと違って、自分も経験したことのある、過ぎ去っていく時間というか、もうそこに戻れないせつなさというか、言葉に言い表せない感覚がよみがえってきました。
酒井:
そうそう。
進行:
これまでお話をうかがってきて、この作品は独特の創作過程を辿ってきたと感じますが、どのようにここまできたのでしょう?
藤田:
『タイムライン』のなかのセリフは、みんなへのインタビューをもとに構成されています。朝起きて、まずはじめに誰と会話したのか?とか、登校して学校でなにを考えて過ごしたのか?下校して帰宅してなにを食べて寝たの?とか、その中から生まれたみんなの言葉たちをぼくが編集した、って感じですね。とにかくはじめはみんなにインタビューばかりしていましたね。でもそれがぼくの興味のすべてだったので、みんなの日常のなかにある感覚とか、そういう話は聞かずにはいられませんでした。面白すぎて。
進行:
音楽に関してはどうでしたか?
大友:
最初のお試しワークショップは吹奏楽をやってる子中心に100人も来たのに、基本楽器の子達は部活優先なんでその後は誰も来なくて、なんと最初に来てくれたのがギターとベースの二人。なんかフォークデュオみたいでどうしようかと思ったんですが(笑)でも、こちらからこんな編成がいいとかじゃなくて、来た人でやるって決めてましたから、これでやるぞって思いました。初めは俺が方向性を示したけど、あとは自分たちで考えてみてって感じで、出来上がってきたリズムに対してボクがちょっとメロディを付けたり、どんな伴奏がいいのかをみなで考えたりしていくうちに、バンドをやるような感じで、徐々に曲が生まれていきました。そのうちメンバーもどんどん増えたしね。
藤田:
みんな自身から生み出されてくるものだけを信じて、それを見て、感じて、大友さんのなかで音楽が構成される、その瞬間その瞬間を目の当たりにして、なんだろう、これ、すげーなあ、って思っていました。すごいエネルギーで。
大友:
実はわりと直前まで、全体がどうなるのか、わからなかったんです。でも、音楽ができて振り付けと映像がついて、相互が反応しあっていくなかで、あるとき鮮やかなくらい全体像がパッて見えてきたんですよ。「あ、こういうふうになるのか!藤田くんはここまで考えていたとは、すごい!」って感心しました。
藤田:
いや考えてないですって(笑)
一同:
(笑)
大友:
我々の普段の仕事にも言えることですが、ばらばらだと思っていた要素がが反応しあって思いもしなかったものが生まれてくる瞬間は、いつも本当にドキドキするくらいスリルがあって魅力的で、それがあるからこの世界にずっといるわけで。この作品に関しては初めてのことだらけで、そういったことをいつも以上に感じましたね。
酒井:
手探りで始まったことが目の前で出来上がっていくのが実感できましたよね。
藤田:
作品のために集まった膨大な素材をコラージュすることがすごく楽しかった。
進行:
膨大な素材があってこその『タイムライン』なわけですね。この作品は劇中にゲーム性も感じるのですが、初めから要素として考えていたことなのでしょうか?
藤田:
じつはこの作品に関わるほんの少し前に、ぼくはボードゲームの世界にどっぷりはまってしまったんですね。それまでゲームってものをしたことも触れたこともなかったんですが。なぜはまったかというと、ゲームのなかのルールはどうして生まれたのか、ってことへの興味からだったんですね。ルールをつくったひとがいて、そのルールのなかで、ひとはプレイヤーとして遊ぶんですよね。自分の演劇構造にその要素を盛り込めないかと、とにかくあのころ考えていました。そのせいでワークショップのあとや、移動の電車の中とかで、この3人とボクは一緒にボードゲームをやるわけですよ。とにかく、さまざまなゲームを大量にやりましたよね?
大友:
でもそれは単純にゲームをするわけではなく「ルールを共有する」ってのはどういうことなのかを知るためにやっていた感がある。音楽の即興演奏も、好き勝手にやるというよりは、どういうルールを共有するかを即興的に見つけながらやっていくようなところがあって、でもそれはルールを守る為にやるんじゃなくて、そもそも自由に皆が何かをシェアするためにルールを編み出して活用してる、そんな感じなんです。だから、なにかひとつでいいからルールを見つけさえすれば、音楽は成り立つんです。そのルールはシンプルでいいんです。あとは子どもたちが自分で考えていけばいい。
石川:
それは自分も同じで、子どもたちの一日の流れを一時間おきに写真に撮ってきてもらったのも一種のルール設定なわけです。この作品に関して大人たちができることは、子どもたちに対して必要最低限のルールを設定するだけだったように思います。その先に生まれるものは、極力偶然性を取り入れていく。写真は、まさにそうした偶然を取り入れることでどんどん強くなっていくんです。
酒井:
そういう意味ではこの作品は、途中誰が入っても誰が抜けてもいい。自分たち大人はシーンの構造を作って、セリフも踊りも音楽も誰がやってもいいというルールを作りました。いままでこういう方法って聞いたことがなかったので、びっくりしています。
藤田:
このプロジェクトを引き受けたときに、すでに考えていたのは、オトナたちが最初っから最後まで決めたレールのうえを、子どもたちに歩いてもらうみたいなことはしたくないということ。ぼくらが子どもたちを選ぶとかもしたくありませんでしたし、ここに集まったみんなが、自分たちで考えて、選んで、作品ができていく。その枠組みを考えるのが、ぼくらの仕事だと思っていました。このメンバーみんな、その点は同じ思いなんじゃないかなあ。
大友:
音楽もそう。どんな楽器でもいいし、まったくの初心者でもいい。とにかく来てくれた人たちと一緒にやれることをやろうということだけは自分に課しました。
石川:
誰が来る、来ないっていうのは必然ではなく偶然ですよね。偶然は何が起こるかわからないから普通は排除したがる。でもこのメンバーに限ってはその偶然をも受け入れて作品を作り上げているからすごいと思いますね。
藤田:
とはいえ、子どもたちに託していた部分もたくさんありますが、劇中の「かんきのうた」という曲に関しては、ぼくが書きたいと思って書いたし、大友さんに曲をつけてほしかった。
大友:
オープニングは、最初に来たギターとベースの二人の演奏をもとにつくって、そこに幸菜さんが振り付けすることでどんどん膨らんでいったんです。エンディングで藤田くんから「かんきのうた」の詩が出てきたということは、これはきっとオープニングと対になるんだろうなと。なので、曲はもちろん私が書いたけど、でもそれもオープニングあってのことだから、やはり子どもたちのやってることに反応して書いたものなんです。
進行:
今回で3年目となりますが、それを迎える現在の心境はいかがですか?
石川:
日常の何でもない日々が、実は発見や驚きで溢れていてどれだけおもしろいかということを、作品を通してしつこく追いかけてきました。子どもたちが撮ってきてくれた写真には、大人には撮れない光や瞬間がいくつも収められている。あまり気づかないけれど、日常には宝石のようなキラキラしたものがたくさんあって、それをどうにかすくいあげようとしてきたのがこの『タイムライン』だと思っています。自分自身、本当に多くのことを学ばせてもらいました。
酒井:
いろんな思いがいっぱいあって、言葉が見つかりませんが…。でも言葉があって音楽があって体があるこの風景をミュージカルだと自信を持って伝えたいし、子どもたちと一緒に、新しいミュージカルを生み出したことを嬉しく思います。
大友:
10年ほど前からプロではない音楽家と一緒に何かやることをテーマにしてきてるんです。でもそのほとんどが即興演奏で、この作品のように即興演奏の要素もありつつ、長い時間をかけてある程度の形を作りながら作曲をみなでやってやるってのは初めての試みでした。今回『タイムライン』に参加したことで、そもそも曲作りってなに?体を動かすことや言葉を話すことと音楽との関係って?という、普段は改めて考えないようなことをたくさん考えたって意味では、音楽を始めた頃の原点に帰った感じです。子どもたちに教えるということではなく、むしろ一緒に成長してきた感じがするなあ。
藤田:
ぼくも3人が言ってくれたことに尽きると思います。ぼくがしたことなんて、なんにもないなと思うくらい、ほんの少しのことです。ここで体験したことはこれからの自分に変革をもたらすものだったなと思います。言葉を扱う人間として、これまで使ったことも思い浮かばなかった言葉も、この作品によって生み出すことができたことに驚きと感謝ですね。
進行:
この3年間で多くの中高生と関わってきましたが、なにかメッセージはありますか?
石川:
子どもたちは、大人になると忘れてしまう「いま」というかけがえのない日々を過ごしている。自分はそのかけがえのない日々をわずかでも思い出すきっかけになるような写真や映像を残してあげたいなと思います。
酒井:
ここで聞いたこと見たもの体験したことが、未来につながる何かきっかけのひとつになったら嬉しいです。もし忘れちゃっても、この時間は消えないからのびのびと前に進んでください。
藤田:
子どもたちは、この『タイムライン』に関わっていた時間のことを忘れてしまうかもしれません。でも関わっていたことをたまにでもいいから思い出してほしい。この体験はスペシャルなものかもしれませんが、日常の何気ない『タイムライン』もスペシャルなものだということも忘れないでほしいです。
大友:
年齢のせいもあると思うんですが、いいことかどうか分かりませんが、最近、自分が何を伝えられるだろう、残せるだろうと考えることが増えたように思います。このプロジェクトには人との関係や社会との関わり方のヒント、どんなことも排除せず受け入れるといった、学校では教えてくれないようなものがたくさん詰まっているように思います。今は社会に出てもマニュアルがあって自分で考えるよりも前に正解を教えられるような世の中になってしまいましたが、でもこのプロジェクトに関わった子どもたちは、正解を教えてもらうのではなく、自分で考えていくってのはどういうことなのかってことに常に直面したはずです。そんな僕らの発想、思想のようなものが少しでも伝わればいいなって思います。
あと、とても居心地がよかったなあ。俺が飛び抜けて年上なのに、だれも敬語なんて使わないし、ゲームでも手加減なんてしないし。本当にみなものを作る人間として対等に関われたような感じがして、実に気持ちのいい現場でした。なにより楽しかったし、ほんとうに関わってくれたみんなに感謝してます。
最後に一言。最初はまったくどうなるかもわからなかった未知数のプロジェクトを辛抱強く応援してくれたみなさん、とりわけこの企画を持ってきた福島県のみなさんに、感謝の気持ちを伝えたいです。
進行:
子どもたちの生き生きした様子や楽しんでいる姿を舞台で見るのが楽しみです。みなさん、今日はありがとうございました。
一同:
ありがとうございました。
  • 藤田 貴大Fujita Takahiro

    1985年北海道伊達市出身。桜美林大学文学部総合文化学科にて演劇を専攻。
    2007年マームとジプシーを旗揚げ。以降全作品の作・演出を担当し、演劇作品を発表。2011年6~8月にかけて発表した三連作「かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。」で第56回岸田國士戯曲賞を受賞。

  • 大友 良英Otomo Yoshihide

    1959年横浜市生まれ、福島育ち。実験的な音楽からジャズやポップスの領域までその作風は多種多様、その活動は海外でも大きな注目を集める。2012年プロジェクトFUKUSHIMA!の活動で芸術選奨文部科学大臣賞芸術振興部門を受賞。2013年「あまちゃん」の音楽でレコード大賞作曲賞他数多くの賞を受賞。

  • 酒井 幸菜Sakai Yukina

    1985年神奈川県茅ヶ崎市生まれ。5歳よりモダンダンスを学び、舞台作品をはじめ美術や音楽、マンガ、建築などとの領域を横断したパフォーマンスに多く関わる。東京藝術大学音楽環境創造科卒業。第60回神奈川文化賞未来賞受賞。

  • 石川 直樹Ishikawa Naoki

    1977年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。『CORONA』(青土社) により土門拳賞を受賞。開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか著書多数。